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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)9416号 判決 1989年9月29日

原告

唄豊子

ほか二名

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告唄豊子に対し三九七万三〇三一円、原告唄正彦及び同唄和彦に対し各一九八万六五一六円、並びに右各金員に対する昭和六三年三月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告唄豊子に対し一二五〇万円、原告唄正彦及び同唄和彦に対し各六二五万円、並びに右各金員に対する昭和六三年三月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六二年一二月五日午前七時二〇分ころ

(二) 場所 大阪府松原市高見の里四丁目八番六号先路上(国道三〇九号線、以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 大型貨物自動車(登録番号、泉一一や七〇七二号)

右運転者 訴外久米村茂彬(以下、「訴外久米村」という。)

(四) 被害車両 原動機付自転車(登録番号、大坂市平ち六七二二号)

右運転者(被害者) 亡唄峯一(以下、「亡峯一」という。)

(五) 態様 亡峯一は、被害車両を運転し、上り坂を加害車両の後を追従して本件事故現場に差しかかつた際、加害車両を追い越そうとして、同車の右側に出て並走中、同車と接触、転倒し、同車後輪でもつて轢過された(以下、「本件事故」という。)。

(六) 結果 亡峯一は、本件事故による脳挫減により同日死亡した。

2  責任原因(自賠法一六条一項に基づく責任)

訴外久米村は、被告との間において、加害車両につき、本件事故発生の日である昭和六二年一二月五日を保険期間内とする、自動車損害賠償責任保険契約を締結していたところ、同訴外人は、本件事故当時、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任が発生した。

従つて、原告らは被告に対し、自賠法一六条一項に基づく自賠責保険金の直接請求権を有する。

3  損害

(一) 亡峯一の損害

(1) 逸失利益

亡峯一は、本件事故当時、五二歳の健康な男子で、株式会社阪南特殊ロールに勤務して一年間に四二三万五三三二円の給与収入を得ていたから、本件事故に遭わなければ同人は六七歳まで一五年間就労可能で、その間年齢別平均給与額五二歳男子平均月額三九万九一〇〇円(昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模一〇~九九九人・学歴計の年齢階層別平均給与額を一・〇三〇六倍したものをもとに、昭和五八年六月一日以降適用の年齢別平均給与額を改定したもの)の収入か、そうでなくても右四二三万五三三二円と同額の収入を得ることができたはずであつたところ、同人の生活費は収入の三割五分とするのが相当であるからこれを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の死亡による逸失利益の現価を計算すると三四一八万三六三三円となる。

(算式)

399,100×12×10,981×(1-0.35)=34,183,633

(2) 慰藉料

本件事故により生命を奪われるにいたつた亡峯一の精神的苦痛に対する慰藉料の額としては、二五〇万円が相当である。

(二) 相続

原告唄豊子は亡峯一の配偶者であり、原告唄正彦、同唄和彦は亡峯一の子であるから、原告らは亡峯一の死亡により、同人の被告に対する前記損害賠償請求権を法定相続分(原告唄豊子が二分の一、原告唄正彦及び同唄和彦が各四分の一)の割合に応じて相続した。

(三) 原告らの損害

(1) 葬儀費用

原告らは、亡峯一の葬儀を執り行い、その費用五〇万円を法定相続分の割合に応じ、原告唄豊子は二五万円、原告唄正彦並びに同唄和彦は各一二万五〇〇〇円宛負担した。

(2) 慰藉料

亡峯一が本事故によつて死亡したことにより、同人の配偶者や子である原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、合計六五〇万円(内訳は原告らの法定相続分の割合に応じ、原告唄豊子は三二五万円、原告唄正彦並びに同唄和彦は各一六二万五〇〇〇円となる)が相当というべきである。

以上、損害合計額は四三六八万三六三三円(原告唄豊子は二一八四万一八一七円、原告唄正彦並びに同唄和彦は各一〇九二万〇九〇八円)となつて、自賠責保険金の支払限度額である二五〇〇万円を越える。

よつて、原告らは被告に対し、二五〇〇万円を限度として、それぞれその法定相続分に応じた金額、即ち、原告唄豊子は一二五〇万円、原告唄正彦及び同唄和彦は各六二五万円、及びこれらに対する原告らが保険金を請求した日の後である昭和六三年三月二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)乃至(五)は、いずれも認めるが、同1の(六)は不知。

2  同2は認める。

3  同3は不知。

三  被告の抗弁(自賠法三条但書に基づく免責の主張)

本件事故は、加害車両が直進中に、追越しをしようとした被害車両が運転を誤り、若しくは他の並進車との接触、又は悪路にハンドルをとられるなどして、被害車両の側から加害車両に接触してきて転倒し、加害車両の後輪に轢過されたものであつて、亡峯一の過失又は訴外久米村以外の第三者の過失に基づき惹起された事実であり、運転者は進路変更等の特別の事情のない限り、自車後方についてまでの確認義務は存しないところ、加害車両は前記のとおり事故当時直進中であつたから、本件事故発生について訴外久米村に運行上の過失はなく、加害車両には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつた。

なお、加害車両に積載違反があつたとしても、右事実は本件事故の発生と因果関係はない。

よつて、訴外久米村は自賠法三条但書により、本件事故につき損害賠償責任を負わないから、被告は原告らに対し、自賠責保険金を支払う義務はない。

四  抗弁に対する認否

否認する。

本件事故は、加害車両が過積載(適正積載量一〇トンを二、三トンオーバー)であつたことと、事故現場付近が上り坂であつたことから、周囲の車両に比べ極めて遅い速度で走行しており、その為加害車両の右側車線を何台もの乗用車が次から次へ追い抜いていく状況にあつたことに加へ、相当量の排気ガスを噴出していた為に、同車の後方を追従していた被害車両が、この排気ガスをまともに受けるのを避けようとして、加害車両の右後方から追越しをかけたところ、訴外久米村は右追越しを右側のバツクミラーで確認しているにもかかわらず、しかも、右側車線は前述のとおり追越車両が何台も走行していて三車並走になることも充分予測可能であるにもかかわらず、被害車両との接触を避けるために左に寄ることを少しもせず、そのまま直進したことにより発生したものである。

従つて、左に寄ろうともしなかつた訴外久米村には、道路交通法二七条二項の義務違反があり、その点に過失がある。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1は、(六)を除いて当事者間に争いがなく、同(六)の事実は、成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨により認められる。請求原因2は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁(免責の主張)について判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証、及び証人久米村茂彬の証言並びに同証言により成立の認められる甲第四号証の一、二を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)(事故現場)

本件事故現場は、国道三〇九号線(片側二車線の北行は大坂方面に、南行は狭山方面に通じる南北道路)のうち南行車線の路上であり、南行車線は幅員各三メートルの二車線と、その外側に幅員一・一メートルの路側帯とが設置されているところのアスフアルト舗装道路で、一〇〇分の四の上り勾配の頂上付近(松原跨線橋を渡つた付近)をやや過ぎた辺りの地点であるが、見通しは良く、最高速度は時速六〇キロメートルに規制されてあつた。本件事故当時、天候は晴れで、路面は乾燥しており、実況見分時(事故発生日の午前七時三五分から同八時三〇分まで)の交通量は五分間に二〇〇台であつた。

又、加害車両は、南行車線の内左側車線上に車体の一部を路側帯にはみ出す状態で停止しており、その後輪付近の南方に向けて右側三・七メートル、左側三・五メートルのスリツプ痕を残しており、同車後輪付近の右側車線上には血痕が残されており、右血痕のやや後方(北方)には被害車両が横転しており、同車のさらに後方には二条の不連続の擦過痕が残されてあつた。右擦過痕の中間辺りと、スリツプ痕がつき始めた地点との間隔は、およそ、六メートル位であつた。

(二)(加害車両と被害車両の状況)

(1) 加害車両は、車長七・五五メートル、車幅二・四九メートル、車高三・一九メートルの大型貨物自動車(最大積載量九・五トンのダンプカー)であり、運転席は右側にあり、運転席から右サイドミラーでの後方への見通しは良好であつた。事故当時の積荷は土砂で、過積載の約一三トンであつた。

又、車体前端から右後輪前側車軸までは四・六メートル、同タイヤの直径は一・〇メートルであるところ、右後輪前側シヨルダー部分に長さ八センチメートルの被害車両後輪と接触した擦過痕、及び長さ巾共に一五センチメートルの被害者着用のジヤンバー後腰部分と接触した布目痕があり、幅三五センチメートルの血痕、頭髪、及び亡峯一着用の白色ヘルメツトの塗膜片が付着していた。さらに、右後輪後タイヤ及び泥除けにも血痕が付着していた。

(2) 被害車両は、車長一・七メートル、車幅〇・六八メートル、車高一・一メートルの原動機付自転車(五〇CC)であつた。

同車車体には、被害者の血痕、脳漿が付着し、特に風防内側に多量に付着していた。スタンド左側先端と風防の左側下端とに路面との擦過痕があり、車体後端の荷台左端に加害車両の右後輪タイヤと接触した擦過痕があつた。ヘルメツト右側面に加害車両との接触痕があり、黒色ゴム様のものが付着していた。亡峯一着用のジヤンバーの首、肩あたりに血痕が付着し、背部及び腰部のところに擦過痕があり、加害車両右後輪タイヤの紋様等が印象されていた。

(三)(事故状況)

訴外久米村は、最大積載量をオーバーした約一三トンの土砂を積載した加害車両を運転して、前記事故現場の左側(外側)車線上を、車体の一部を路側帯へはみ出す状態で南進し、本件事故現場付近にさしかかつたところ、同所が上り坂であり、かつ、同車が過積載であつたことから、速度は時速三〇キロメートル位に落ちて一般の車両の流れよりもかなり遅くなつており、他の乗用車が次から次へ右側車線を追越していく状態であつたために、同車後方を被害車両を運転して追従していた亡峯一も、同車の右側に出て追越しを開始し、加害車両が上り頂上付近(松原跨線橋を渡つた付近)にさしかかつた辺りで、同車に追いつき、同車と並進状態となつた。

他方、訴外久米村は、被害車両の追越しをバツクミラーで、認めたが、進路の変更、左右に寄る等をすることもなくそのまま直進をつづけていたところ、頂上をやや過ぎたあたりで、加害車両の右側直近を並進していた被害車両がふらつくのを同じくバツクミラーで認めた。

しかし、訴外久米村は、急制動又は減速等の措置をとることなくそのまま直進していたところ、約一二・五メートル進行した時点で、バランスを崩した被害車両が亡峯一とともに、自車の前輪と後輪の間の辺りへ倒れこんでくるのをバツクミラーで認めたので、直ちに停止措置をとつたが間に合はず、さらに約二・六メートル進行した地点で、自車右後輪でもつて亡峯一の頭部、背部及び腰部を轢過したのち、約九・四メートル進行した地点に停止した。

なお、証人久米村は、事故当時の速度が時速三〇ないし四〇キロメートルであつた旨述べ、右速度が時速四〇キロメートル程度であつた可能性もある旨の供述をしているが、前認定のとおり加害車両のスリツプ痕が右側三・七メートル、左側三・五メートルで、右スリツプ痕から加害車両の速度を算出すると時速約二三キロメートルとの数値が得られること(加害車両後輪は二重タイヤなので実際よりやや長めにスリツプ痕がついている可能性があり、そうだとすると、スリツプ痕から算出される速度の数値は小さくなる。)からすると、右証言中、加害車両の速度が時速四〇キロメートルであつた可能性を肯定した部分は採用し難く、また、前掲乙第一号証中の昭和六三年三月二日付実況見分調書中には、訴外久米村が、自己が被害車両のふらついているのを認めたときから、加害車両と被害車両とが衝突(接触)するまでの間に、加害車両が走行した距離は、二・六メートルであつたかのような指示説明をした旨の記載があるが、右指示説明は、事故直後に行われた実況見分の調書(乙第一号証の二枚目から二二枚目まで)中の同人の指示説明と異なつているところ、同証によれば、右のように二回の実況見分が実施されたのは、訴外久米村が、事故直後の実況見分時には、被害車両がふらついたのは右側車線を走行していた乗用車と接触したためである旨の指示説明をしていたが、事故時には既に乗用車は通りすぎていたとの目撃者供述があつたためであることが認められるが、仮に、訴外久米村に被害車両がふらついていた原因について思い違いがあつたとしても、そのことから直ちに、ふらついているのを認めた地点から接触ないし轢過の地点までに思い違いが生ずるものではなく、事故後三か月を経てから、右距離につき前記のように変更したことにつき何らの合理的な説明はなされておらず、かつ、昭和六三年三月二日の指示説明によると、時速約三〇キロメートルで進行している加害車両と同じかそれ以上の速度で走行している被害車両から転倒して投げ出された亡峯一は、ふらついていた状態の位置から一メートルも進行方向に寄らない地点で転倒して轢過されており、加害車両と接触したのち転倒していた被害車両までの距離が三メートルということになるが、時速三〇キロメートルで進行中の単車に乗つた人がふらついた状態から路面近くまで倒れ轢過されるまでに一メートルしか進行せず、右単車も三メートルしか進行しないで停止するとは考え難いので、昭和六三年三月二日の指示説明の記載部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  次に、右認定事実に基づいて、訴外久米村に、加害車両の運行につき過失がなかつたといえるかどうかについて検討するのに、加害車両は、車長七・五五メートル、車幅二・四九メートル、車高三・一九メートル、最大積載量九・五トンの大型貨物自動車(ダンプカー)であつて、前・後輪の間には相当空間が生じていたことは前認定のとおりであるから、同車と並進している被害車両のような、車長一・七メートル、車幅〇・六八メートル、車高一・一メートルにすぎない原動機付自転車(五〇CC)が、自車の方向に転倒した場合は、右の前輪と後輪との間に倒れ込み、その運転者を後輪で轢過する蓋然性が高いということができるから、このような自動車の運転手としては、自車の右側を並進している単車がふらつくような不安定な走行をしているのを認めた場合は、右のような事態を予想して直ちに停止するか、少なくとも転倒、轢過の危険性のあるときは直ちに停止して事故の発生を回避しうるよう減速すべき注意義務があるものというべである。

しかるに、訴外久米村が、被害車両がふらついているのを認めながら右のような措置をとらなかつたことは前認定のとおりであるところ(速度が時速三〇キロメートルで進行中の車両の運転者が危険を感じて急制動の措置をとつた場合の空走距離は約六メートルとなり、その停止距離は右空走距離を加えても約一二・三一メートルと算出されるところ、被害車両の転倒位置と考えられる擦過痕の位置から加害車両のスリツプ痕のつき始めた位置までの距離はおよそ六メートル位であることは、前認定のとおりで右空走距離とほぼ一致し、且つ、被害車両が倒れこんでくるのを認めた地点から加害車両が停止した位置までの距離は約一二・〇〇メートルであることは、これ又前認定のとおりであつて右停止距離とほぼ一致するので、これらの点からいつても、訴外久米村は、被害車両が転倒するのを認めて初めて急制動の措置をとつたことがうかがわれる。)、前認定のとおり、ふらつくのを認めてから轢過するまでの距離は一五・一メートルであり、時速三〇キロメートルで進行中の自動車の停止距離は約一二・三一メートルと算出されるから、同人がふらつくのを認めて直ちに急制動の措置をとつても、本件事故の発生を回避しうる可能性がなかつたということはできない。

そうだとすると、訴外久米村に運行につき注意を怠らなかつたことの証明、又は訴外久米村が注意を怠つたとしてもそのことと本件事故の発生との間に因果関係がなかつたことの証明があつたということはできないから、被告の免責の抗弁は他の要件事実について判断するまでもなく理由がない。

三  そこで損害について判断する。

1  亡峯一の逸失利益

成立に争いのない甲第三号証の一、二、原告唄豊子本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第六号証を総合すれば、亡峯一は、本件事故当時五二歳の健康な男子で、株式会社阪南特殊ロールに勤務して一年間に四二三万五三三二円の給与並びに賞与の収入を得ていたことが認められるから、同人は本件事故に遭わなければ六七歳までの一五年間就労可能であり、その間毎年少なくとも右金額と同額の収入を得ることができるはずであつたと推認することができ、またその間の同人の生活費は右収入の三割五分であると認めるのが相当である。そこで、右年収を基礎に、生活費として収入の三割五分、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除して、亡峯一の逸失利益の死亡時における現価を算出すると、三〇二三万三一七円となる。

(算式)

4,235,332×(1-0,35)×10,981=30,230,317

2 亡峯一の慰藉料

本件事故によつて生命を奪われるにいたつた亡峯一の精神的苦痛に対する慰藉料は、二五〇万円をもつて相当と認める。

3  権利の承継

成立に争いのない甲第三号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告唄豊子は亡峯一の配偶者であり、原告唄正彦並びに同唄和彦は同人の子であり、他に同人の相続人がいなかつたことが認められるから、原告らは亡峯一の死亡に伴ない右逸失利益及び慰藉料の損害賠償請求権を法定相続分に従つて、原告唄豊子は二分の一、原告唄正彦並びに同唄和彦は各四分の一宛相続したものと認められる。

4  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは亡峯一の葬儀を執り行い、その費用を法定相続分に従つて負担したことが推認できるので、葬儀費用は、原告唄豊子につき二五万円、原告唄正彦並びに同唄和彦につき各一二万五〇〇〇円をもつて相当と認める。

5  原告らの慰藉料

原告らの配偶者であり父である亡峯一の死亡によつて、原告らの受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告唄豊子につき三二五万円、原告唄正彦並びに同唄和彦につき、各一六二万五〇〇〇円をもつて相当と認める。

6  過失相殺

前認定事実によると、亡峯一が追越しをかけた地点は上り頂上付近という必ずしも追越しに適切な場所ではなかつたこと、車体につき極端に格差のある車両と十分に間隔をとらずに並進中、加害車両やその他の車両等の幅寄せ等があつたわけではないのにふらついた不安定な走行をし、その結果被害車両の方から加害車両に接触し転倒したものであつて、本件事故発生については亡峯一にも大きな過失があつたといわざるを得ない。他方訴外久米村は、前記のように無過失の証明があつたとすることはできないが、加速もしくは車線変更など被害車両の追越しを妨害する行為にでたわけではないことは、前認定のとおりである。

そこで、亡峯一の右過失を斟酌し、前記1ないし5の損害額から八割を減じた額をもつて被告の賠償すべき額とするのが相当である。

四  結論

以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、原告唄豊子につき三九七万三〇三一円、原告唄正彦並びに同唄和彦につき各一九八万六五一六円、及び右各金員に対する本件自賠責保険金を請求した日の後である昭和六三年三月二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

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